2006年10月07日
議員冥利
《10月7日》
10月4日の神戸新聞夕刊に「犬の観察デザイン自由化」という記事を見つけました。このホームページのトップからもご覧いただけますが、以前、衆議院内閣委員会で遺失物改正法のとき(5月31日)、関連で厚生省に狂犬病予防注射の注射済み鑑札が小型犬にも付け易くデザインにも配慮した鑑札を考えるべきではというような質問をしたことがありました。その時、担当局長から前向きな答弁を引き出していたのが、今回年内にも施行規則を改正することになったようです。正式に時期が決まれば連絡がありますが、決定しだいご報告いたします。
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2006年10月06日
津島派に再チャレンジ?
《10月4日》
総裁選が終わり、安倍内閣がスタートしました。新聞等でご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、私もこのたび古巣の津島派に再チャレンジする事になりました。私としては今回の総裁選挙で派閥を離れた総裁選挙が実現するかと思い、かなり期待したのですが、残念ながら、まだまだ派閥の括りは強いように思いました。私が昨年の選挙で当選させていただいた後、長年お世話になった平成研究会を離脱し、無派閥となったのも小泉改革が派閥政治を無意味なものとし、これからは派閥の論理で動く時代ではなく、政治家ひとりひとりが独自の考えをもって行動していく時代だと確信したからであります。今回の総裁選もそのように動くものだと思っておりました。しかし、結果は冒頭述べたとおりでした。「無派閥」も一つの派閥になってしまい、ポスト狙いの動きが凄まじいものである事も実感しました。私は今回の総裁選、当初、鳩山邦夫代議士の自然との共生プログラムに共感を覚え、鳩山邦夫代議士と行動を共にするつもりでありました。しかし、鳩山邦夫代議士が立候補を断念せざるを得なくなったため、麻生太郎外務大臣と鳩山邦夫代議士との間を取り持ち、連携を図りました。それなりに成果はあったのですが、総裁選後に麻生支持に引き込んだ鳩山邦夫代議士から、逆に津島派復帰を要請されました。大変悩み、内心忸怩たるものもありますが、派閥政治がしばらく続く事が明らかになった今となっては、自分の我を通したところでどうにもなりませんし、どこかの派閥に所属したほうが活動しやすいことは言うまでもありません。以前から地元の皆さんからも、どこかの派閥に入ったほうがいいという声もいただいておりました。自分の務めは国の事を考え、地元と国のパイプ役を果たすことであります。昔からの仲間が多く、先代からの人脈が生かせる津島派であれば地元から要請された仕事もよりし易いに違いありません。幸い、昔の仲間たちも温かく迎えてくれました。無派閥でいた一年は大変勉強になりました。将来をしっかりしたものにする為にも、この経験を生かし、足元を見据えて、頑張ってまいります。地元の皆さんには事後報告となってしまったことを心よりお詫び申し上げ、今後も変わらぬご支援賜りますようお願い申し上げます。
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2006年09月05日
家族の未来
大切なものが欠けてきている
今、「人が人の命を奪う」という事件が頻発していることに胸を痛めています。ましてや、大人が子供の幼い命を奪うということは、決して許してはならない事です。いのちを育み、守るべき立場のものが、加害者になる・・・この現象は、何なのでしょう。
私が思うことは、生命の継承の場である家族のあり方が希薄になってきているのではないかということです。
人が生まれ、老い、この世を去るという、自然の生命の営みが家庭の中から外に持ち出されて、命の尊さ、奇跡、その重さを直に見、感じる事が出来にくい社会になっているように思います。
『生命を育む』ということは、家庭や地域などを通じ、世代を超えて伝承的に伝えられてきた大切なものだったはずです。若い女性が子供達を育てていくのに苦労されているのも、そういった『蓄積されてきた大切なものが何か欠けてきているのでは・・・?』と感じます。
今の社会のシステムにおいても、子供の頃から『個』として捉えられる社会になりつつあることも、大きな問題なのかもしれませんね。
生命を育む大切さを見直せる社会
社会が子供達を家族や社会との繋がりを持つ『人』という捉え方ではなく、『個人』として捉えてしまう・・・。『親と子の絆』や『友人や先輩、後輩との繋がり』といった、人として大切にしなければならない『愛情』や『連帯感』が満たされずに、犯罪や事件に結びついてしまっているのではないでしょうか。
子育て支援の為の施策も、母親にとって『子供にしっかりとした愛情を注げる環境を整える為』のものであって、単に『仕事や社会に取り残されない為』のシステムという捉え方ではなく、『大切な人のいのちと心を育む』、そのための環境を整え支援するシステムとして成長させる必要があると思います。大切なのは中心となる理念です。
0歳から3歳までは母と子にとって、とても大切な期間だということは分かっているのに、0歳児保育などで生まれたときから、親から離れて育っていくというのは良いことなのでしょうか。子供たちにとって一番頼りにしたい両親が生まれたときからそばにいないというのは、本当に辛いことだし、両親とのふれあいや愛情が感じにくい状態で育った子供たちが増えてくる社会自体は、とても心配ですね。
男女共同参画社会を、『人の成長』という立場から考え、誤った解釈や、間違った方向性に行かない為の努力が必要かと思います。
家庭の中で男性は父親として、女性は母親として、やらなければならないことをしっかりとできるような社会づくり、生まれてから死ぬまで個人が個人として生きていく社会ではなく、家族という繋がりのある単位から、生命を育むことの大切さを見直すことのできる社会づくりが必要だと思います。
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2006年08月15日
終戦記念日を迎えて
《8月15日》
61回目の終戦記念日がやってきた、今年は小泉総理の靖国参拝が巷間で話題となっていたが、15日早朝に総理は公約通り、終戦記念日の参拝を果たした。私は毎朝、東京では靖国神社に、姫路では地元の護国神社に参拝するようにしている。今日は、本当なら靖国神社に参拝したかったのだが、地元での予定もあり、昼に姫路の護国神社に参拝した。私は、常々言っているように、国家国民のため尊い命を捧げられた英霊に対し真摯に手を合わせることは当然のことである。世界中どこの国であろうと、その国のそれぞれのやり方で国のために亡くなった方を慰霊している。そして、それを他国に非難されるいわれはない。それなのに、なぜ日本だけがその対象となるのだろうか?それは今日、総理が記者会見でも触れていた事に尽きる。三つの理由「中韓の反発」「A級戦犯の合祀」「政教分離」とマスコミの異常な偏向報道、これが靖国を問題化している根源だろう。「富田メモ」にしても、すべてが検証された訳でもないのに、マスコミで語られるとき、すでに確認事項の如く語られ、既成事実化されてしまういい加減さはなんなのだろう。マッサラの紙に今日書いたようなメモが、この日を待っていたかのように出てくる胡散臭さには、いい加減辟易してくる。それを政治的に利用する輩の跋扈する今の日本の姿に、政治に携わる者の一人として憤りを禁じえない。以前、極東軍事裁判の資料を検索すべく、公文書館にアクセスしても「非公開」の連発であった。その代わり、左翼系の学者の論文が「公開」されている。一体、これはどういうことなのだろうか。事実関係を示す資料が公開されずにどうして、戦後世代が歴史の検証が出来るのだろうか。戦後の歴史は、顔の見えない連中によって作られ戦争の知らない世代は徐々に洗脳され、いずれ日本が日本でなくなってしまうかもしれない。この文章を読み真実がなんなのかを知ろうとする人たちがもっともっと増えてくれることを願うばかりだ。
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2006年07月29日
遺棄化学兵器質問のその後
《7月29日》
最近、5月12日の衆議院内閣委員会の質問以来、多くの皆さんから「その後どうなった?」との質問を受ける事が多くなりました。この場を借りて、現在の状況をお話させていただきます。
内閣委員会での安倍官房長官の一言は大きかったと思います。おかげで山谷えり子内閣府政務官も現地に足を運んで頂けたのですが、資料の所有者である、全国抑留者協会の故斉藤六郎氏の未亡人との交渉が難航しているようです。(正式にも、内々にも、私のところには何の音沙汰もありません。)
行政は行政で、動いているようで、中でも行動が早かったのは法務省でした。国家賠償の問題を抱えているらしく、すっ飛んで行ったのですが、見るべきものは無かったと退散してきたようです。外務省も内閣府遺棄化学兵器担当室が出かけたようですが、何も見つけられなかったようで、私のところには何も報告がありませんでした。彼らは、何を見て来られたのでしょう。官庁という所に居ると世の中のごく当たり前な常識もわからなくなるのでしょうか?彼らが偏狭な官僚のエゴに凝り固まり、自分の事しか考えていないから成果が得られないとしか思えません。
私が質問の中で申し上げたのは、武装解除の資料のみならず、終戦前後の歴史的に重要と思われる貴重な資料が数多く含まれているようだと申し上げたのですが、残念ながら外務省も内閣府も解っておられないようです。仕方なく私は水間政憲氏と相談し、水間氏に山形に飛んでもらいました。果たせるかな水間氏は、歴史的にまだ表に出たことの無い、幾つかの資料を携えて帰られました。
彼は、いずれ「正論」の9月号あたりで公表される事と思います。また、別ルートからも遺棄化学兵器に関する、担当室の責任者の顔が青ざめるような資料を手に入れていました。やる気のある人と無い人の違いが出たようですね。残念ながら、水間氏との信義上、まだここでは公表できませんが9月になったら、資料を確認して、改めて質問の時間を求めて行きたいと思います。
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